精神分析解剖 

 
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捏造される記憶
重度の人格障害、たとえば多重人格(統合失調)など、重い心の病気をもった患者がいるとする。さて、この患者の障害の原因は何だったかと尋ねられたら、あなたはどう答えるだろうか。たとえば私なら
「幼児期における特異な環境、例えば暴力、特に近親、父親などから性的暴行があったのではないか」
とでも答えるに違いない。

しかし、自分で言っておいてなんだが、そのような認識が危険を孕んでいると思わせる出来事を紹介したい。
ある患者が精神分析を受けた結果、分析医に対して自分は幼少時父親から性的な暴行を受けたと告白した。しかし、医学的な調査を行った結果そのような事実はまったくないことが分かった。もともとありもしなかった悲惨な記憶が精神分析によってわざわざ捏造されてしまったのである。裁判の結果、分析医側は敗訴した。

「トラウマ」という言葉が流行した。重度の人格障害をもった患者や、凶悪犯罪者(特に少年の場合)は、何かしら幼児期の環境、家庭内において心に傷を受けているに違いないという漠然とした考えが人々に浸透していた。そして、今も消えずに残っているように思われる。

「トラウマ」を抑圧して人格障害をおこすという考えは明らかにフロイトの系譜に属するものであるだろう。が、全てをトラウマに、つまり過去の経験、環境のせいにすることは、あまり乱暴で危険すぎる。

精神分析医が患者に対して犯してしまった記憶の捏造という過ちを、現代では社会全体が、その社会を構成する一人一人、つまり自分自身に対して行っていると考えられはしまいか。
一つの理論はそれが多くの事象にあてはまると見えるとき、またそれが容易であればあるほどそれ自身を優れたものに錯覚させる。しかしながら理論があてはまって見えるということと、実際の現象の原因には必ずしも因果関係は無い。われわれは単純で簡便に思える理論に惑わされてはいけないのである。
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